どうも、こんにちは!りんねです。
今回の「私の原点・原風景」では、私が今の考え方・価値観になった原点をお話ししたいと思います。
・私がどんな環境で育ったのか?
・なぜ「自由」を大切にしているのか?
・この考え方が今の働き方につながっている理由。
お時間を少しいただきますが、最後までお読みいただけると嬉しいです♡
自然と人の距離が近い土地で育った私

時代と出身地が私に与えた影響
私りんねはかつて城下町として栄えた、北海道のある地域で育ちました。
自然が豊富で、海と山に育てられたといった感じです。
地域の人達との繋がりも多く、近所の人たちと一緒にお祭りに参加したり、手伝いをしたりするのも当たり前。
お祭になれば神社に行き、法要があれば親戚と一緒にお寺に行って、お寺さんの精進料理を食べる。
風土として、近くに海や山の自然も神社仏閣もあった。そんな所です。
身体が弱かった私の子ども時代
自然と共に育った野生児な私ですが、実は子供時代も身体が弱くてですね…。
家と病院の行き来、毎食後の薬が当たり前の生活(苦笑)
今とほぼ変わらない生活かもしれませんねw
祖母の娘として育てられた私
母にとって、病弱な私を育てる苦労は計り知れなかったと思います。
兄弟もいる中で、いつ体調を崩すかわからない幼い私をみるのは大変だったはずです。
…そこで、私の「育ての母」として立ってくれたのは祖母でした。
昭和一桁生まれの祖母のしつけは、今から考えるとかなり厳しかった気もしますが、そのおかげで今の私りんねがここにいます。
令和の今!
昭和一桁の頃の人にしつけをされて育った。デジタルも使いこなす?私りんねの爆誕です!w
幼いころの私
元々の性格
引っ込み思案のおとなしい子だった気がします。
記憶の中ではですが…。
いつも祖母の後ろにいて周りの人たちを観察しながら、話しかけるタイミングを見計らっていたというところでしょうか。
制限と欲求の中で。
虚弱体質もあり、実は小さいころには不必要の外出を禁止されていた、「私、子りんねw」
お人形や絵本などを与えられても、気持ちは満足せずに禁止令をやぶって外に遊びに行き、帰ってから祖母に叱られるを繰り返していましたとさw
祖母の家での暮らし
一言で表すならば…。「ザ・素朴w」
自家菜園で育てた野菜と海の恵みがあふれてた感じです(*^-^*)
朝からお味噌汁の香りと仏壇のお線香の香りが同居する。
そして、朝から前日に煮ただろう煮魚が出てくるような家でした♪
育った環境が今の私の価値観を作った
- 自由を選ぶときには、リスクも背負う。
- 生活は工夫次第で豊かになる。
- 人や物に対する礼儀を忘れない。
- ハンディキャップを特別とは思わない。
- 挑戦を恐れない。
最後まで読んでいただいた「あなた」へ。
今回も長いお話になりましたが、最後までお読みいただいてありがとうございます!
これからブログを続けるにあたって、どうしても書いておきたい内容だったので、読んでいただいたことに、本当に感謝しております♪
これから少しずつ、私の考える「日々の工夫」や、考え方・経験から編み出した「りんね流のアイデア」などをシェアしていけたらと思っています。
少しでも興味を持っていただけましたら、また遊びに来てくれると嬉しいです♡
間口を広く…お待ちしていますw
次回は、普段私が実践している「時間管理・生活のコツ|時短のすすめ」について書く予定です。
お楽しみにしていただけると嬉しいです♪
→時間管理・生活のコツ|時短のすすめはこちら(仮)
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